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岐阜地方裁判所 昭和31年(行)7号 判決

原告 浅野利三郎

被告 岐阜県知事

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の申立

原告は「被告が原告に対し原告所有に係る別紙目録記載の馬につき昭和二十九年九月十日なした、馬伝染性貧血の疑似患畜検査決定、並に同月十七日なした馬伝染性貧血の患畜検査決定は之を取消す、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、被告訴訟代理人は主文と同趣旨の判決を求めた。

第二当事者双方の主張

一、原告は請求の原因として、原告は別紙目録記載の馬(以下本件馬と称する)を所有するものであるが、被告は昭和二十九年九月十日、本件馬に対し、家畜防疫員渡辺弘司をして馬伝染性貧血の検査をなさしめ、右渡辺は検査の結果本件馬を馬伝染性貧血の疑似患畜と決定し、更に同月十七日右同様渡辺をして検査をなさしめ、渡辺は検査の結果本件馬を馬伝染性貧血の患畜と決定し、その後も同月二十四日同年十一月二日、同月十日、同年十二月二十七日の四回に亘り右同様検査をなした。しかし右九月十日、同月十七日の各検査決定は次に述べる理由により取消さるべきものである。即ち、(一)家畜伝染病予防法(以下単に予防法と称する)第三十条同法施行規則(以下単に規則と称する)第三十七条、同規則別表第一中馬伝染性貧血の判定権Ⅰ・五は「馬伝染性貧血の疑似患畜であつて、第一回の検査の日から三十日毎に検査を行い第一回又は第二回の再検査における白血球しゆう集塗抹標本において担鉄細胞を認めるもの」を馬伝染性貧血の患畜とする旨規定している。しかるに家畜防疫員渡辺弘司は前述の如く右規定を無視し、且つ原告が拒否するに拘らず検査を強行し検査決定をなした。(二)予防法第十三条は患畜等の届出義務を規定しているのであるが右渡辺は同条項に違反し届出を怠り前記検査を強行した。よつて前記検査決定は何れも違法であつて取消されねばならないと述べた。

二、被告訴訟代理人は

(一)  本案前の答弁として、(イ)原告が取消を求める検査決定のなされた日は昭和二十九年九月十日、及び同月十七日であるところ、本件訴は行政事件訴訟特例法(以下単に特例法という)第五条第一項又は同条第三項所定の期間を徒過して提起されたものであるから不適法として却下さるべきである。(ロ)又原告の取消を求める検査決定なるものは特例法の適用される訴訟の対象たる行政処分ではない。即ち、家畜防疫員は予防法第五十一条に基き家畜伝染病予防のため立入検査をする職責を有し、すでに馬伝染性貧血の疑似患畜と判定された本件馬の如きに対しては随時検査を施行することは当然で、之が施行につき期間の制約を受けるものでなく、予防法第三十条規則第三十七条により、或は予防法第三十一条規則第四十条により所定の検査を施行し、その結果を家畜の所有者或は管理者に通知するのであるが、この原告の所謂検査決定はいわば行政庁の内部関係の問題たるに過ぎず、直ちに家畜所有者に対し法律上の効果を及ぼすものではない。従つて家畜防疫員が家畜所有者に対して検査決定を告知することは単なる事実の通知か、若くは単なる見解の表明にすぎないというべく、そこには行政権による私人に対する権利侵害はなく、又何等の法律効果を生ずるものではない。されば右検査決定なるものは行政処分ではないから本訴は不適法であり却下を免れない。

(二)  本案に対する答弁として、家畜防疫員たる岐阜県技師渡辺弘司が本件馬につき、原告主張の通り検査を施行したことは認める。しかし右検査は何れも予防法第五十一条に基きなされたもので検査の施行につき何等の違法も存しない。

と述べた。

三、原告は被告の右主張は何れも之を争う。特に出訴期間の点について、原告が特例法第五条所定の期間内に訴を提起することができなかつたのは次に述べる如く正当な事由によるものである。即ち(一)前記渡辺は昭和二十九年十二月二十七日最終回の検査施行後原告に対し、向後一箇年様子をみて異状がなければ本件馬に対する前記決定処分を解除すると言明した。(二)原告は、一年間も、重要なる財産である本件馬を徒食させることは、経済的に致命的な打撃を蒙むることになるので、県会議員である川島幾生に依頼し、右処分の解除方を交渉してもらつたところ、被告は昭和三十年四、五月頃まで待つよう回答した。(三)昭和三十年六月右川島が死亡したので、原告は更に岐東馬主連役員北川徳一、丹羽利一の両名に右同様交渉方依頼したところ、被告より同年夏を過ぎるまで様子をみてから考慮するとの回答を得た。(四)昭和三十年九月十二日浅野薫外一名に右同様の依頼をなし交渉してもらつたところ、向後一箇年様子をみてから異状がなければ農林省と相談して考慮する旨の返答を受けた。(五)昭和三十一年三月岡崎勧一に右同様依頼し交渉してもらつたところ、被告は従来の交渉経過に反し、全く誠意を欠く返答をなした。原告は以上の如き経過を辿り、やむなく本訴提起に及んだのであり、右事情は明かに特例法第五条第三項所定の正当事由に該当するものであると述べた。

四、被告訴訟代理人は原告の右主張事実を争う。本件馬は競走馬で、すでに昭和二十九年六月十七日愛知県において、馬伝染性貧血の疑似患畜と判定されたものであるが、原告はこの間の事情を知りながら戸田義一より之を譲受け、予防法第五条に違反し不法に愛知県より岐阜県に移動させたのである。かゝる馬の譲受人として当然家畜伝染病予防法規に通じている原告が、訴願等の認められない本件につき、ひそかに処分の解除を期待すること自体重大な過失というべく原告主張の事情はいまだ特例法第五条第三項所定の正当事由たり得ないと述べた。

五、原告は被告の右主張を争うと述べた。

理由

本件訴が、予防法所定の家畜防疫員が本件馬を検査した結果なした馬伝染性貧血の疑似患畜並に同患畜の各判定の取消を求めるもので所謂抗告訴訟の形式によるものであること原告の申立自体に徴し明かである。そこで以下家畜防疫員のなした右判定が抗告訴訟の対象である行政処分であるかどうかについて判断する。

一般に抗告訴訟の対象たる行政処分は行政庁が公権力の行使として私人に対し具体的事実に関し法的規制をなすもので、それによつて私人の権利義務に変動を生ぜしめる法的行為であると解すべきところ、前記家畜防疫員のなす検査は或る程度の強制力を伴うもので(予防法第六条、第三十条、第三十一条、第五十一条、第六十五条)、その範囲においては私人に対し之を受忍すべき旨の命令を包含しているとみられ、単なる事実行為ではないといい得るかもしれないが、右検査に基きなされる判定は医学的な判断作用であつて行為概念に属せず単に爾後当該家畜に対して採らるべき種々の処分、例えば強制隔離(予防法第十四条)殺処分(予防法第十七条等)のための一資料となるにすぎないものである。又右判定の告知は右医学的判断の通知行為以上のものでなく直接何等の権利義務を発生せしめるものではない。尤も患畜又は疑似患畜の所有乃至管理者は、予防法第十四条による隔離義務を負うのであり、又特定の場合之を移動し得なくなる不利益を蒙むるのである(予防法第五条)が、右の如き義務或は不利益は家畜防疫員の判定の有無に拘らず生ずるのであり、その判定或は判定の告知によつてのみはじめて生ずるものではないこと法文上明かである。

されば家畜防疫員のなす患畜或は疑似患畜の判定(判定の告知も含めて)は抗告訴訟の対象たる行政処分ではないというべく、従つて、家畜防疫員の判定を資料として採らるべき爾後の隔離処分、或は殺処分命令等の取消を求めるは格別、右判定或はその告知そのものの取消を求める本件訴は、爾余の争点を判断するまでもなく、不適法として却下を免れない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 奥村義雄 可知鴻平 川崎義徳)

(別紙目録省略)

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